「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.41:根づかない危機意識教育

  平成14年11月6日にJR神戸線塚本―尼崎間で起こった救急活動中の救急隊員死傷事故は、危機管理マニュアルの不備よりもむしろ個人の危機意識の欠如が問題であると思っている。
  新聞報道によると、市立中学2年の男子生徒が線路南側で同級生ら約10人と「探偵ごっこ」遊びをして、男子生徒ともう一人が犯人役になり、石垣の上にあるフェンスを乗り越えて線路内に入ったところ、午後7時12分頃に大阪発姫路行き新快速電車にはねられた。午後7時26分に通報を受けた大阪・淀川消防署の救急車が現場に到着した時には、すでに先に到着していた駅員と警察官がすぐそばにいた。現場は高架であり、3人の隊員ははしごをかけて暗い線路上に上がり、少年の救護と搬送を急いだ。後続の特急北近畿17号は現場を徐行して通過したが、午後7時45分に時速100キロのスピードで現場を通過した特急スーパーはくと11号に救急隊員の一人がはねられ、別の隊員が巻き込まれたという2次災害事故である。
  この事故では、線路に入った生徒は問題外であるが、現場にいる誰もが当然、列車徐行の連絡が行っているものと思い込んでいたことが2次災害につながった。最終的には現場にいたJR職員の連絡の確認ミスが原因とされ、今後、現場職員の安全確認の報告があるまでは後続電車の運転を取りやめる危機管理マニュアルの見直しがなされようとしている。
  この事故で気が付いたことは、連絡はしたが確認していなかったJR職員は、全速で迫ってくる特急を見て、パニックになり声も出なかったことである。最後の手段として「危ない! 特急が来る」と、もし大声で叫んでいたら、事故は防げたのではないだろうか。この事件でも、「危機を知らせる大声」の反射反応が無くなっている。
  阪神淡路大震災の震源地に近い県立高校で、震災後に防災教育に力をいれ、昨年4月から「環境防災科」が新設されている高校の防災訓練日の講演に行った。この学校では、以前に貝原前知事、県防災監などの有名人による講演があり、また、教職員を含め全校生徒が神戸市の「市民救命士」の資格を取得しているとの前触れもあり、どんな学校か期待を持って出かけた。講堂では1,2年生の約1000名と教職員を対象に「お互いの命を守る社会づくり」をテーマに話をした。
  講演の中で、現在の社会に「危機を知らせる大声」が無くなっていることについて事例を挙げながら話をした。講演前から密かに自称防災教育に力を入れている学校の教育成果を試したいと訓練人形を一体、全校生徒の前に置いてもらった。講演も半ばに入った頃、「君たちは全員、市民救命士の資格を取得したと聞いている。その実力を見せてもらう」、「今、目の前に友達が倒れた。助けるのは誰だ」と叫んだ。しかし、誰も前に出る様子もないので、「学校の名誉のために出てくる生徒はいないのか」と挑戦的な言葉を投げかけても反応はなく、仕方がないので「生徒会長、出てきて心肺蘇生をやりなさい」と言うと、生徒会長は前には出たが、「忘れました、出来ません」という始末である。
  心肺蘇生法は、教師が生徒に教える残された最後の「命の教育」であるはずが、生徒も教師も一緒になって、神戸市派遣の心肺蘇生法インストラクターから心肺蘇生法の手技だけを学んだ結果である。教師が自らの言葉で生徒に「命の教育」を行う大切さに気づいていない。
 さらに救急隊員死傷事故に触れ、最前列の生徒に「連絡したはずの特急が全速で迫ってきた。君がJR職員だったらどうする」との質問をしたところ、「電車を止めにいく」が答えであった。他の生徒はわからないとの返事であった。自称、防災危機教育に力を入れている県立高校でもこの程度のものである。
  日本の危機管理は、体制づくりであって生徒一人一人の危機教育はなされていない。危機教育を受けていない教師が見せかけの危機教育をするだけでは真の教育は出来ない。

 続く 

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