「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.42:介護の心は、『自立自尊』

  現在の日本は、男女とも世界一の長寿国で、世界の最高齢者も男女とも日本人である。先日、テレビで114歳の女性最高齢者の姿を見たが、2日間寝て目覚めるという不思議な人で、食の本能は維持されており、寝ながらでも口に食べ物を持ってくると口を動かし、おまけにお茶も飲む様子が報道されていた。すごい生命力であるが、ただ生きている姿です。人間の心臓は120歳までは拍動し続けることができるが、身体を支える筋肉を常に意識的に動かし、筋力を維持する努力をしなければせいぜい80歳までしか筋力はもたないのである。
  人間の自然死には、2つの死に方がある。ひとつは心臓死である。心臓の心拍の歩調とりの役目の洞結節の機能が加齢とともに低下して(洞機能不全という)突然に心拍が停止する。もうひとつは、免疫機能が低下して、肺炎で死亡するか、がん(天寿がんという)で死亡するかである。
  人間は立って死ぬことが出来るだろうか。歴史上の人物として名高い武蔵坊弁慶の最後の姿を思い浮かべる人が多いと思う。文治5年(1189年)に衣川の館で、追い詰められた源義経を守るべくお堂の前に仁王立ちになり、次々と放たれる矢を身に受けながら押し寄せる敵をにらみつけ、敵を寄せ付けなかった修羅の姿である。医学的には立って死ぬことは不可能であるが、こうした物語が生まれた背景には人間としての「尊厳のある死に方」への願望が込められている。
  尊厳のある死に方は、自尊心のある生き方であり、よく生きることがよく死ぬことである。健康づくりは単に病気にならない予防策ではなく、死ぬ直前まで立ち上がり、好きな時にどこでも自由に行ける筋肉づくりと思う。人間として生きることは"立つこと"である。これが、「自立自尊の道」である。天寿を全うするとは、長寿の意味に捉えがちであるが、天から与られた命の最後の一片まで使い切る、生きる執念であり、生への執着心があればこそ死の瞬間を悟ることができると信じている。
  自然界においては、動物が歩けないことは死を意味する。人間は生まれてから立ち上がれるまで親の助けが必要である。2本足で立つには多くの姿勢起立筋群の協調運動の日常訓練が必要である。いかなる病気になっても立ち上がる努力を怠ってはならない。たとえ要介護者になっても本人に立ち上がる執念と気力がなければ、介護は死に向かう道であり、生に向かう道にはならない。介護される側と介護する側がともに介護の心の支えとして、"立つこと"と"立たせたい"のキャッチボールが必要である。
 兵庫県立健康センターが推奨している脊椎ストレッチウォーキング法は、膝を伸ばし、踵から地に付け、背筋を伸ばして歩く歩行スタイルで、平成14年から健康づくり県民運動「毎日歩こう。背筋を伸ばして、今のあなたにもう1000歩」として兵庫県下で展開している。脊椎ストレッチウォーキングの日々の実践が、『自立自尊』の生涯を全うする手段であり、誰にでもできる健康づくりである。
  私は、死の時を悟った時、渾身の力を振り絞って立ち上がり、「ありがとう」と叫んで死にたいと願って、毎日の35分の歩行通勤に脊椎ストレッチウォーキングを行っている。

  続く  

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