「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.43:AEDを使った新しい心肺蘇生法の誕生

  米国心臓協会(AHA)が2000年8月に発表した心肺蘇生法国際ガイドライン2000は、日本においても心臓突然死の救命救急体制に大きな変革をもたらしている。
  ガイドライン2000では、心臓突然死の原因の大部分が心室細動であり、その唯一の救命手段はすばやい電気ショック(早期除細動)であると明言したことにある。平成14年11月21日の高円宮殿下のカナダ大使館でのスカッシュ中の心臓突然死に対して、搬送先の慶応義塾大学医学部救急部の医師が、その死亡原因が心室細動であると記者発表で述べたのはガイドライン2000を意識したものと思う。
  この事故に続いて起こった福知山、名古屋マラソン中の心臓突然死についても、医師がその場にいたか、心肺蘇生法が適切になされたかといった従来の救急体制が論じられることはなく、こうした状況ではAED(自動体外式除細動器)があれば救命できたとのAEDを用いた新しい救命体制の必要性が大きく論じられるようになった。
  かねてから「中高年のスポーツ時の心臓突然死」の警告を出していた私に、全国紙、地方紙、医学雑誌、テレビ局など15社からの取材攻勢を経験することになった。
  今回の事故にて、男性45歳、女性55歳以上の動脈硬化年齢に達した中高年は、無理のない健康スポーツが最適で、激しい競技スポーツを行うなら事前に運動負荷試験を行う必要性があること。自覚症状のない心臓突然死の可能性として、心室細動、急性冠症候群の存在をアピールできたこと。同時に兵庫県医師会が2001年秋から始めた医師会会員へのAEDの普及活動も社会の注目する所となった。今後、スポーツイベントでは、AEDの装備をすることが主催者側のなすべき責任とみなされる流れとなった。
  米国のカジノにおける新しいAED救命体制の成果は、AEDの有効性を示す確定的な根拠となった。警備員にAED使用訓練を行い、1997年3月1日からAED救命体制がスタートした。
  32ヶ月間に32ヶ所のカジノ内で、148例の心臓突然死例が発生した。この内,105例(71%)が現場心電図上で心室細動で、56例(53%)が生存退院した。カジノは警備上にテレビモニターが各所に設置されており、救急時の対応時間がモニターにて正確に把握できているのが特徴である。モニター上に映し出された実写録画は、警備員がAEDのパッチ電極を貼り付ける前に男性の胸毛を剃っている意外な光景が見られ、彼らは心肺蘇生を行わなくても5分以内に除細動を行えば救命できると確信していることが伺える。
  心停止からAEDパッド装着までの時間が3.5分、除細動までの時間が4.4分で、パラメディック(日本では救急救命士)の到着時間は9.8分であった。心臓突然死発生から3分以内に除細動が行われた例では実に74%の生存退院が得られたに対して、3分以上の例でも49%の成績であった。
  ガイドライン2000における大きな変更点は、一般市民には迅速な通報と心臓マッサージのみを行うだけでよいとした点である。幸いなことに、従来のCPR法に対して医学研究面からの見直しがなされ、AEDによる早期除細動を前提とする場合には、むしろ心臓マッサージのみを行う方が除細動可能な心室細動(粗い心室細動)を維持するのに有利である根拠が示された。
  一般市民が人工呼吸を行わずに心臓マッサージだけを行っても、8分以内に除細動を行えば循環の回復が可能である。この間、脳と心臓への血流は最小限に維持されており、除細動可能な粗い心室細動が維持できるからである。
  救急救命士が医師の指示なしに除細動を行うことができる2003年4月からは、日本においても新しい心肺蘇生法の効果を試す時期になる。日本人に対して目の前で人が倒れた時、すぐさま意識の確認を行い、意識がなければ大声で助けを呼ぶことができる勇気が再度、問われることになる。

 続く 

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