「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.44:脊椎ストレッチウォーキングの勧め

  日本人の平均寿命(平成12年)は、男性77.7歳、女性84.7歳であるが、WHOの健康寿命では男性71.4歳、女性75.8歳で、日本はいずれも世界一の長寿国である。平均寿命と健康寿命の差が、寝たきりを含む要介護生活期間ということになる。国民生活基礎調査(平成10年、11年)によると、65歳以上の寝たきり(31万6000人の集計)の原因は、38%が脳血管障害、15%が"しだい弱り"13%が転倒骨折、10%が痴呆によるものとされている。寝たきり予防の第1は脳梗塞予防であるが、姿勢維持と歩行のための筋力を鍛える日常の運動習慣が必要である。
  健康長寿であるためには、まず、好きな時に自由に行動できる身体的活動力を維持してなければならない。その健康づくりの基本は、正しい姿勢で歩くことである。背筋を伸ばし、膝を伸ばして、踵から地に着ける脊椎ストレッチウォーキング法は、高齢者に多く見られる腰椎障害、膝関節障害の予防になり、全身の筋肉を鍛え、無理のない余分な脂肪を燃やす有酸素運動としても最適である。
  NHK大河ドラマの宮本武蔵が書き残した「五輪書」がある。「水の巻」には兵法の姿勢と足の運び方の記述があり、まさに脊椎ストレッチウォーキングそのものであることに驚いた。「首筋を真っ直ぐに、背筋をしゃんとし、尻を出さず、腰がかがまないように、くさびを締める」「あごは少し出す感じ」「足の運びは、つま先を少し浮かして、踵を強く踏む」などと書かれている。
  達人の太刀の構えは、不偏不動かつ自由闊達(かったつ)な姿勢、まさにバランスのとれた静止から瞬時に繰り出す自由な動きである。この中で「くさびを締める」とは、帯をひねって腰を締めることであり、お腹を引き締め、胸を張り出すことになる。日々の心がけとして、「日常の身を兵法の身とし、兵法の身を日常の身とする」と書かれており、日常から堂々たる姿勢であることを求めている。兵庫県立健康センターが推奨する脊椎ストレッチウォーキング法は、常に首筋、背筋、腰筋を伸ばす姿勢を意識した歩行スタイルで、大河ドラマにあやかり、剣術の達人の武蔵が会得した極意の1つであると自慢している。
  96歳の女優、演出家である長岡輝子さんの姿を拝見し、その著書「老いてなお、こころ愉しく美しく」の通り、また、テレビ、ラジオにて宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の岩手弁の朗読を聞き、人生の究極の輝きを感じ、かくありたいと思いを新たにした。この健康の秘訣は、女優という職業柄、常に姿勢に気をつけているとのことで、直立不動の姿勢を維持できることが、腹の底からの深みのある声が出せるものと思った。
  85歳の女優、森光子さんは、平成11年12月に「放浪記」の1500回公演を達成し、同一俳優の最多公演記録を更新中である。舞台では今日も"デングリ返し"をするのか、焼き芋を一本食べるのかが観衆の注目の的になっている。この驚異的な体力維持の裏には、毎日、朝にエアロバイク(6分半)、夜入浴後にストレッチ体操、スクワット(相撲の蹲踞)を噂では150回行っている筋力維持の努力の賜物で、まさに役者魂である。
  常に姿勢を正した動きは、矍鑠(かくしゃく)とした長寿者の理想像であり、充実した人生を生き抜いた証でもある。人生80年時代を生きる世代に必要なのは、生きがいを見つける努力よりも先に、80歳にして2本足でまっすぐに立ち、好きな時にどこでも行ける「自由度」を持つことが「長寿の道は、『自立自尊』」の生き方である。われわれには80歳の姿を夢みて今から姿勢を正す筋肉を鍛えておく心がけが求められる。

  続く

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