「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.46:心室細動は市民が救える唯一の心臓病

  2003年4月から心臓突然死に対して救急救命士が救急現場で医師の指示なし早期除細動を行うことができる新しい救命救急体制がスタートした。心臓突然死の原因は、ほとんどが心室細動で、昨年の11月21日の高円宮殿下のスカッシュ中の心臓突然死の原因として大きく報道されてから一般社会にも広く知られるようになった。心室細動という死に至る不整脈が社会的認知されることにより初めてその救命手段として半自動除細動器(AED)を用いた早期除細動の重要性が注目されるようになった。
  米国留学から帰国した1987年9月から姫路の地で心臓突然死に対する一般市民の心肺蘇生法の普及啓発を始めたが、当時、心臓突然死という言葉は社会的に認知されておらず、急性心不全が一般的であった。一般市民にとって救急車を呼ぶことが救急処置で、心臓突然死は救急車が到着する前に死亡する助からない病気であった。ましてや、市民自らが心肺蘇生法を行うことはありえず、心肺蘇生法は病院内で医師が行うものと考えられていた。
  当時の日本の救命システムについては、急病患者の重症度に応じて受け入れ病院として1次、2次、3次救急病院の指定がなされ、最重症患者に対して人口100万人に対して3次救命救急センターが設置された。その一環として3次救急救命センターが併設された兵庫県立姫路循環器病センターは誕生して10年が経過した時期であった。急病人が発生した場合に、家族が病院に連れて行かなくても救急車を呼ぶことができる一応の体制が確立されていたが、救急告知病院でも当直医がいない、専門医師がいない、ベッドが満床であるなどといった理由で診察を受け付けない、いわゆる"たらいまわし"が大きな社会問題となったことから、その解消に地域医師会が中心となり診療科目ごとにその日の受け入れ病院をあらかじめ決めておく"輪番制"がスタートした頃でもあった。
  1990年に全国の3次救命救急センターを対象に病院外心停止患者の実態調査がなされ、救命率は1%にも満たず、欧米の25%から30%の救命率とは大きくかけ離れていた。このことから、日本でもようやく心臓突然死患者に対して米国のパラメディック制度を模した救急救命士制度が1992年にスタートしたのである。
  救急現場で救急救命士は心停止患者に対して器具による気道確保、輸液路確保、半自動除細動器(AED)を用いた医師の指示による除細動が可能となった。しかし、救急救命士制度がスタートして10年が経過したが、当初予想されていたほどには救命率は向上せず、2001年の報告でも3%前後であった。救命率が向上しなかった原因の一つは、心停止から救急救命士が患者に接する時間に約8分かかり、医師の指示を得て除細動を行うまでに15分程度の時間を要することにあった。
  米国心臓協会(AHA)心肺蘇生法国際ガイドライン2000では、心停止後、除細動が1分遅れるごとに救命率が10%すると明記されており、心肺蘇生法を行わなくても心停止後5分以内に早期除細動を行えば約半分の人を救命できるとした。この心停止後5分は、脳循環停止による脳障害を起こさない脳虚血の最大許容時間であり、同時に冠循環停止による除細動可能な心室細動が維持される限度である。
  除細動施行が心停止後5分を超える場合には、最小限の脳・冠循環を維持する心肺蘇生法が必要となる。2003年4月からの救急救命士の医師の指示なし除細動の意義は、救急救命士が患者に接し除細動を行える最短時間の8分では、20%程度しか救命率が得られないが、もし、一般市民が救命士到着まで心肺蘇生法を行えば救命率は50%前後まで向上させることができると述べている。
  心臓突然死の究極の救命法は、心停止後5分以内にAEDを用いて除細動を行うことであり、救急車が到着前に一般市民が行う体制づくりである。「心室細動は市民が救える唯一の心臓病」をキャッチコピーに社会啓発活動を行いたいと思っている。

  続く

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