「あなたは愛する人を救えますか」
河村循環器病クリニック 院長
河村剛史

Vol.5:心肺蘇生法は「あいさつ」

  兵庫県内において本格的に心肺蘇生法の普及啓蒙活動を始めた1998年(平成元年)の頃,日本において人命救助法の一般市民への普及は主に消防局救急隊員が,また養護教諭,スポーツ関係などの専門集団には日本赤十字協会が中心となって講習が行われていた.アメリカ心臓病協会(AHA)の心肺蘇生法の指導マニュアルがあり,世界各国でこれに従った指導法を行っているのに,なぜか日本では各団体が勝手な解釈をして独自の流儀ともいうべきやり方で指導していた.
  何より不思議だったのは,人命救助法の市民普及は人工呼吸法の指導であって,心臓マッサージは日赤指導員の訓練を受けていなければやっては行けないと言っていたことであった.要するにこの頃は,水難訓練法の一環として市民指導が行われており,心臓突然死に対する心肺蘇生法ではなかったのである.「日赤では一般市民は心臓マッサージをしては行けないことになっています.先生だからといって勝手に心臓マッサージを教えていいのですか?」と言われたこともあった.こんな時,「では,目の前に愛する人が心停止になった時,あなたは資格がないから心臓マッサージはしませんでしたと言うのですか」と答えることにしていた.
  当時,医師が病院を出て一般市民に心肺蘇生法を教えること自体が非常に珍しく,マスコミも私の活動をよく取り上げたこともあって心肺蘇生法が注目されるようになった.兵庫県教育委員会が学校教職員の指導を私に全面的に任せたこと,地元姫路の消防局の協力もあって心肺蘇生法の市民普及は順調な滑り出しとなった.また日赤も平成4年度から一般市民に心臓マッサージを教えるように方針を変えた.
  1987年(昭和63年)12月に貝原知事が心肺蘇生法の講習会を見学された時,『兵庫県ではすこやかな社会づくり,心豊かな人づくりが県民運動になっているが,何をもってその心を県民に伝えられるのか.私はその答を知っている.それは,目の前に人が倒れた時,すぐさま「たいじょうぶですか」と声をかけられる県民が100万人いればすばらしい県になります』と話したことがきっかけとなり,平成2年度から5年計画で100万人に心肺蘇生法の講習を行う県民運動「命を大切に,あなたも心肺蘇生法を」がスタートすることとなった.
  市民による心肺蘇生法の普及率と心臓突然死の救命率の関係を見ると,住民全体の2割以上の普及率で救命率の向上が見られるとの報告があり,兵庫県民540万人の約2割の100万人を達成目標としたのである.平成6年度までに108万人の講習を達成することができた.平成5年度からは,毎年,高等学校教育にて約6万人,救急隊員により約9万人の心肺蘇生法講習体制が確立できたが,兵庫県の普及活動の特徴は,県教育委員会が教育現場で積極的に取り組んだことにある.県教育委員会の依頼により,私は高等学校の養護,保健体育教諭を中心に平成5年度から3年間で5,548人に講習を行い,ついで各学校で70,650人の伝達講習が行われた実績が,平成5年度からの生徒への心肺蘇生法教育の原動力となった.
  シアトル市を世界一救急体制の整った都市にした「心肺蘇生法の父」と言われているレオナルド・A・コブ博士を,1994年(平成6年)2月に神戸で開催された第2回全国救急隊員シンポジウムに招待講演でお呼びする機会を得た.この折,コブ博士に「心肺蘇生法の心とは何ですか?」と禅問答のような質問をしたところ,「それは,挨拶だよ」と答えられた.アメリカでは,見知らぬ人でも目と目が合ったら,反射的に「ハイ!」などと小声でつぶやきながら,一瞬笑みの表情を表す挨拶の習慣がある.目の前で人が倒れたら,反射的に「大丈夫ですか?」と声をかけるタイミングが同じなのである.見知らぬ人にはできるだけ目が合わないように歩いている日本人には,もともと苦手な習慣である.そもそも挨拶は,顔見知りの人,特に目上の人に対する礼儀として教育されているからだ.
  試合中に突然倒れたバレーボールのハイマン選手は,マルファン症候群(先天性の結合組織の異常)による胸部大動脈瘤の破裂が起こったためで,緊急手術でも助からなかった瀕死の状態であった.すぐさま声をかけ,反応がなければ,すぐさま大声で「救急車!」と叫ぶには,「意識がなければ命が危ない」との危機意識の教育と日頃の挨拶の習慣性が日本人に求められる.

 続く

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